「小学校時代の親友」

「小学校時代の親友」

 

 810日、月曜日、曇り。

 今日も洗濯物を外に干しましたが、風が強く、飛ばされないかと少しハラハラでした。

 夜までに乾き切らなかったら、強力除湿器で一気に乾燥させよう。

 今日も、静かな日です。

 ルーティーンの勉強中、小学校時代の夏休みとその頃一緒に遊んだ友人達のことを思い出しました。

 今日は、そのことについて少し書きます。

 

    *

 

 小学校時代の夏休みといえば、友達と楽しく遊んだことと、休みの半分位はえびの(宮崎県)の祖父の家で過ごした日々のことを思い出します。

 今日は、友達のことです。

 19764月、福岡市南区の三宅小学校に入学しました。

入学早々、Bという親友ができました。これまで『作家カフェバー物語』シリーズの中で幾度も登場している例の男の子です。

その頃は呼吸や睡眠と同じように、ごく自然に友達ができていました。誰の人生でもそうだと思います。

その友達の中でも特に仲良くなったのがBです。

家が近所で、すぐにお互いの家を行き来する仲になりました。

当時僕達の遊び場だったのは、僕の家から九州がんセンターまでの間に広がっていた田んぼや、自転車で数分の距離にあった宝満公園や、その裏手にあった(立入禁止の看板の掛かった)大きな溜め池など、です。

Bと一緒に「ザリガニ釣り隊」や「セミ捕り隊」や「溜め池探検隊」などを、友人達を集めて組織し、好んで高い木に登ったり、崖のような危険な場所で遊んだりしていました。

 このHPでも何回も書いていますが、僕は勉強が大嫌いでした。

 小学1年生の1学期までは、授業は昼までで、それまで通り、午後はフルに友達と遊べました

 でも、1学期の終わりの頃、「2学期以降はお昼からも授業がある」と聞き、「うわああ・・・」、と大空が一気に暗雲で覆われ、「ああ・・・、これで世界が終わった」と本気で思えたことをリアルに思い出します(暗雲は僕の心象風景)。

 しかし、それでも2学期以降も学校に行ったのは、学校に行くと友達に会えたからです。ただそれだけのためです。

 授業なんて全く聞いていなかった。外を眺めるか、ノートに絵ばかりを描いていました。

 一番よく描いたのは、小学校に隣接していた「お宮」の大木です(その様子は『作家カフェバー物語8 佐多岬へ』で詳述しました)。

 とにかく、学校へは友達と遊ぶために行っていました。そして各種の情報交換をするため。

 これは女の子もそうだと思いますが、特に男の子は親友や仲良くなった友人達から多くのことを学びます。

 人間関係の大切さや、そのやり取りの機微、その保ち方等のほとんどを友人関係から学びます。

 小、中、高校と、勉強に関して学校で学んだことはほとんどないけど(僕は多くを塾と家庭教師で学びました)、小学校時代には学校で友人関係の基礎を学ぶことができたと思っています。

 互いの領域を大切にし、互いに敬意を払うようなやり方まで。

 過ぎてしまったことに関しては、その中から良い点を見つけて評価すべきだと思うから、その意味で小学校には感謝しています。

 そんな親友や友人達と、一番楽しい日々を過ごせたのは夏休みでした。 

 以上、今日の日記風メモでした。

 

 2020810日、九大進学塾、作家カフェバー、メモ