「祖父と父の背中から学んだこと(定年後の人生の長さ)」

「祖父と父の背中から学んだこと(定年後の人生の長さ)」

 

 8月9日、日曜日、晴れのち曇り。

 昨日インスタで『23歳』という作品の紹介をしました。

 今年2月からキンドル本としてAmazonで販売している『作家カフェバー物語』シリーズの1冊です。

 公務員試験と研修、配属、同僚や上司との出会い・・・という物語なのですが、ちょっとした反応があって、公務員や会社員の仕事について改めて考えることになりました。

 そのことについて、少し書きます。

 

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 公務員や会社員というと、真っ先に父方の祖父や父のことを思い出します。もちろん、それ以外の人のことも思い出します。親戚や、友人・知人の父親達。

 それでも、僕の生き方と仕事観に決定的な影響を与えたのは祖父と父です。それぞれ、55歳、60歳まで真面目に働き、定年を迎え、その後は年金生活です。

 1980年代の半ば、僕が高校に入学した頃まで、サラリーマンの定年は55歳でした。祖父はその少し前の時代に、55歳で定年を迎えています。ちなみに母方の祖父も同時期に定年を迎えています。

 1990年代、定年は60歳まで延長され、2000年を迎える頃、今度は父の方が60歳で定年を迎えました。

 そういうわけで、いわゆるサラリーマンの定年後の生活について、僕は二人の祖父と父、そしてそれ以外の身近な元サラリーマン達の姿を見続けることになりました。

 そして、彼らの姿を見たことが、僕の仕事観に決定的な影響を与えました。

僕は「サラリーマンは絶対にやらない」と。

 

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 サラリーマンは、定年後は可哀そうだなと思いました。

 公務員や会社員のようなサラリーマンが、定年後に無力になるのは、40年もの長い間その看板を借りてきた役所や会社組織の名前を失ってしまうところにあります。

 そのような姿を見て、僕はどんなに小さな看板でもいいから、最初から最後まで自分の看板を作り続けて生きようと思いました。

 他人の看板を借りるのはラクですが、定年を機に、40年間の蓄積のほとんどが消失し(その後はせいぜい形だけの非常勤。特に仕事無し)、無力になります。そしてその後の人生は25~30年も続き、その年月はあまりにも長い…。

 そうではなく、最初から自分の看板をコツコツと作っていけば、長い間に自分が学ぶこと、経験すること全てが、最後の最後までフルに生かし続けられます。

 定年まで40年間きちんと働く、という真面目な生き方を教えてもらった二人の祖父と父でしたが、彼らの定年後の姿からは、自分の人生では「僕は自分の看板で真面目に生きる」という方法をとるべきだと教えてもらったような気がします。

 

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23歳』では、主人公が公務員になるという姿を描きました。

 ところが、気の利いた同期の女の子から促される形で、4月早々主人公は本当に自分が天職だと思える仕事について気付かされる経験をします。

 興味のある方は、ぜひご一読下さい。

 

 202089日、九大進学塾、作家カフェバー、メモ