(5月14日最新エッセイ)「18歳の頃、見えていた世界」

18歳の頃、見えていた世界」

 

 2020514日、木曜日。

 今日も素晴らしい天気!

 GW以降、快晴の日ばかりのような気がします。

 毎日が洗濯日和!

 奥さんの鉢植えのパキラさんも、瑞々しい緑の葉をどんどん伸ばしています。

 今日は「18歳の頃、見えていた世界」と題して、18歳の頃、先々がどのように見えていたかを書いてみたいと思います。

 56日の「石の上にも7年」を読んだ方から、18歳からの7年間をもっと詳しく、とリクエストされたので、34枚でまとめてみます。

 

 19883月、高校卒業、4月、大学入学。

 4月のビッグイベントは、家庭教師を始めたことです。

 入学式でも、新入生歓迎コンパでも、大学の授業でも、近隣大学の女の子達との出会いでもありません。

 高校3年生の時、大学生の家庭教師の先生から主に数学と物理を習っていました。

 その効果が絶大だったので(物理は学年で1番に!)、自分も大学生になったらすぐに家庭教師を始めたいと思っていました。

 4月末、初めての家庭教師のアルバイト代を貰いました。数万円です。

 額は決して多くなかったものの、それはそれは嬉しかったです。生まれて初めての仕事の報酬です。

 5月以降、さらに家庭教師のアルバイトに勤しむようになりました。

 当時、「25歳」というのが一つの目標でした。「25歳」までに、自分で事務所を持つなり何なりして、アルバイトより格上の形で仕事を始めたい、と。

 実は当時、この「事務所」は、塾の教室というのも選択肢の一つでしたが、それ以上に、デザイン事務所か何かを始めたいとも思っていました。

 学んでいた学部が「芸術工学部」だったように、絵を描いたりデザインを考えたりするのが好きで、そのような方向性を考えていたということです。

 それにしても、4月、5月、6月頃は、無条件に楽しかった。

 家庭教師、新歓コンパ、近隣大学の女の子達とのコンパ。

 1988年春はバブルの真っ盛りだったので、まさに当時流行っていたトレンディドラマの大学生の日々、そのままでした。

 今思い出しても、当時の風景は、とにかく明るい。元気。活気があった。

 世界も人も世相もニュースも言葉も、先々に明るさだけを見ていて、楽観的かつエネルギーに満ちていました。1988年夏にはソウルオリンピックもありました。

 そして19891月、昭和が終了。

 元号が変わっても、人々の浮かれ具合は変わらず、僕もまたその一人で、この頃から20代の半ばにかけては、「ジョギングと家庭教師と女の子とドライブ・デート」の日々が続きます。ただ、それだけです。

 一生懸命続けていたのは、ジョギングと家庭教師と貯金。とにかく走って稼いで貯めて、走って稼いで貯めて・・・の日々です。

 1991年、湾岸戦争。

 1992年、バルセロナオリンピック。

 1993年、記憶なし(ただ、楽しかった)。

 1994年、大江健三郎さんがノーベル文学賞を受賞。

 この年の秋、25歳の誕生日。

 1995年、塾スタート。

 1996年、アトランタオリンピック。

 1996年以降は、とにかく忙しく忙しく、世間から全く離れて「塾のトンネル」に数年間入ります。

 トンネルを抜けたのは2002年夏、貯金が目標額に達した時です。

 この頃の風景は、バブルや1995年以上に、明るく眩しい。

 25歳以降のことについては、稿を改め書きます。

 

 2020514日、木曜日メモ