「再び、人生のライバルは同年齢の人だけ」
「再び、人生のライバルは同年齢の人だけ」
5月13日、水曜日。快晴!
絶好の洗濯日和!
先程、奥さんが昼休みに帰ってきて
「今日も天気が良いね!」とニコニコ顔です。
もちろん僕もニコニコ顔。
さて、今日は「再び、人生のライバルは同年齢の人だけ」について書きます。
昨日塾で、授業を終えた後、塾生と少し話したことです。
2~3枚でまとめます。
要は、自分の人生は、自分の好きに、自分のペースでコツコツと成果を積み重ねていけばいい、ということです。
僕もそうだったのですが、18歳の頃は、色々と本も読むようになり、先人達の仕事の成果に眩しさを感じるものです。
でも、ある程度の歳になり分かったのですが、先人達は80年程の人生でそれだけのことを成し遂げたのだから、18歳の人間が彼らの仕事の量に眩しさを感じるのは、当然と言えば当然です。
そのことが少しずつ実感を伴って理解できるようになった20代半ばの頃から、自分が目標としている先人達の「年齢ごと」の仕事の達成度をよく見るようになりました。
20歳の時、40歳の時、60歳の時、80歳の時、・・・のようにです。
そして、その年齢ごとの仕事の成果を、自分がその年齢を迎える際の目標とするようになりました。
そんなことは当たり前のことなのですが、18歳の人間から見たら、40歳の人間、60歳の人間、80歳の人間が仕上げた仕事の量が多く、質も良く見えるのは当然です。
それは自分がその年齢に達した時に、その量と質に近いような仕事を仕上げていれば良いと思えばいいだけで、何も今の自分より20年、40年も長く生きた人間の仕事を見て溜息をつく必要は全くありません。
前にこのHPの「感謝の気持ち/人生のライバル」でも書いたのですが、自分が本当に良きライバルと思えばいいのは、自分と同年齢だった時の先人達と、現在自分と同年齢の世界中の人達です。
18歳の子であれば、良きライバルは、世界中の18歳の人達です。10歳下をライバルと思っても仕方がないし、10歳上の28歳の人をそう思ってもまた仕方がありません。
過ごした時間の長さが違えば、成し遂げられることはあまりにも大きく違うからです。
以上、今日のメモとして記しておきます。
2020年5月13日、水曜日メモ