(5月10日最新エッセイ)「キンドル本作家1年目」

「キンドル本作家1年目」

 

 510日、日曜日。今日は曇り。

 51日も「キンドル本作家」という言葉を入れて小エッセイを書きましたが、今日はその来歴について短く書いてみます。

 これまで、断片的にエッセイや物語の中に書いてきたことをまとめてみます。

 

 1977年夏、7歳、小学2年の時に、最初のエッセイ(小論文)を書きました。

「ニッカド電池について」という小論文です。

 内容は、「ニッカド電池は充電して繰り返し使える、だから使い捨ての普通の電池よりいいので、皆が使うべきだ」というもの。

 当時、電池や電球、モーターを使って電気工作をすることに熱中していたので、そういう文章を書いたのだと思います。

 小学校、中学校、高校時代、短いものですが物語的なものを時々書いていました。

 純粋に楽しみのために、です。当時からそうですが、自分の手で何かを創り出すことがとにかく好きでした。物語創りも、その一つでした。

 大学受験生時代、Z会の小論文模試で、全国順位で一ケタになりました。

 あれは嬉しかった。現代文と小論文は得意科目でした。

 大学に入学し、本格的に原稿用紙に物語を書くことをスタート。

 最初は10枚くらいのものをよく書いていました。次に50枚。

 1991年秋、21歳の時に、初めて150枚の中編小説を書きました。御多分に漏れず、「恋愛モノ」です。

 その年頃で、何かを書くとしたら、皆その手のモノになるのではないでしょうか。

 1993年春、23歳の時、初めての300枚の長編小説。

 1995年春、25歳の時、2作目の300枚の長編小説。

 1995年秋、25歳の時、3作目の250枚の長編小説『π』。

 25年間、押入れの段ボールの中で眠り続けていた『π』は、今回キンドル本として出版しました。47日に「泣けてくること」と題してエッセイに書いた通りです。

 今、少しずつでも、『π』が売れ続けていることに、涙が出てくる思いです。

 25歳の時、1年間コツコツと続けたあの調査・執筆作業が報われたのだと嬉しいのです。

 26歳以降も、塾の仕事の合間を縫って、コツコツと書き続けています。

 その成果を、これからも少しずつキンドル本として出版していきます。

 そして、これから新たに手掛ける物語は、できるだけ他の人に書けないもの、それでも自分には楽しくラクに書けるようなものにしたい。

(英語の本の執筆については、また別の機会に書きます。)

 

 2020510日、日曜日メモ