「泣けてくること」

「泣けてくること」

 

 なんか、じわっと泣けてくるような気持ちです。

  

 先にキンドル本を6冊出版したのですが、25歳の時に書いた『π』という作品が結構読まれています。

『ロケット』や『新国家』はそもそも面白く書いたから、読んでくれる人はいるだろうなと思っていたのですが、『π』を読んでくれる人がいるとは思わなかった。

 1994年秋、大江健三郎さんがノーベル賞をとった頃にアイディアを思いつき、それからまる1年かけて書いたものです。

 A4用紙と原稿用紙に構成表や人物表・ストーリーメモを書き、その後「文豪」というワープロにコツコツと打ち込んでいきました。

 今と同じように、走って、書いて、教えて、走って、書いて、教えて、というただひたすら単調な日々でした。

 幼い頃から世間のニュースや動きにはほとんど興味がないので、その時もただひたすら自分の好きなことだけに没頭していました。

 自分の好きなことは、3歳の頃から、何かを作ることだけ。順に、積み木、レゴ、電気工作、プログラミング、そして、『π』のような小説を書くことだけ・・・です。

 それに18歳からは、「人に教えること」も、好きなことのリストに加わりました。

 1988年4月に大学に入学し、同時に大学受験生を教え始めてから、今の今までとにかく好きなことだけに一直線です。

 ・・・と、そんな日々の中、1995年秋に生まれたのが『π』でした。

 1991年秋(21歳)に150枚の中編小説、1993年春(23歳)に300枚の長編小説、1995年春(25歳)に300枚の長編と、少しずつ小説を書いていたのですが、その時、それまでとは全く趣の異なる『π』という250枚の長編を仕上げたのです。

 でも、書き上げた後、「こんなに難しい小説は、誰も読まないだろうなあ・・・」と、かなり落ち込み(実際、当時読んでくれた友人達は「長すぎるし」「難解すぎる」とコメントしていました)、以後、25年間、『π』は押し入れの段ボールの中で眠り続けていました。

 

 それが今、読まれている――。

 ・・・なんだか、泣けてきます。

 コツコツと積み重ねてきたことは、いつかは報われるんだなあ、という気持ちです。

 人生でやることに無駄は一つもなく、「人生に、無駄な日は1日もない」(当HPで先に書きました)と改めて実感。

 今日のメモとして書いておきます。

 

 2020年4月7日午後1時(3枚メモ)