「勉強の楽しさ」

「勉強の楽しさ」

 

 214日、日曜日、快晴!

 今日も素晴らしい天気!

 昨日以上に今日は暖かい!

 その証拠に、今日の勉強着はトレーナーとジーンズではなく夏用の半袖シャツと半ズボン。

 先程、ジョギング、シャワーを終え、今洗濯中です。

 この陽気でいつも以上に気分が良いので、今日も短い文章を1つ書きます。

 題して、「勉強の楽しさ」。

 

   *

 

 毎日勉強しています。

 一日の一番良い時間帯の34時間が勉強時間。

 このHP上で何度も書いていますが、実は僕は幼稚園時代から「勉強」というものが大嫌いでした。

 とにかく「人からやらされる勉強」が嫌で嫌でたまらなかった。

 でも18歳以降、「自分の好きな勉強を好きなようにやるという形での勉強」は大好きになりました。

 それは世間一般で言う「勉強」というよりも、呼吸をしたり、食事をとったり、毎日ジョギングしたりみたいな、ほとんど無意識、あるいは習慣化した行いになっています。

 勉強の成果は、著作という形で残します。それから、蔵書への詳細な書き込みや貼り付けという形でも。

 調べたことや思いついたこと等を、片っ端から蔵書にそのコピーを張り付けたりメモを残したりします。これはその勉強を終えた後、2回目、3回目のその勉強の際に多大な威力を発揮します。

 そういうメモや貼り付けが行われた蔵書は、僕の大切な財産です(現在、トータル約1万冊)。

 以上に関しては、勉強の内容によっては、あるいは人によっては、勉強の成果を何かの試験に合格するという形で残すのかもしれませんね。

 けれども、僕が勉強している内容の多くはそもそも試験というものが存在しない分野なので、その成果は著作と蔵書へのメモという形で残すのが一番です。

 そうそう、試験といえば、僕は幼稚園時代から「試験」と名の付くものも大嫌いでした。

 これまでに受けた主な試験といえば、入試と公務員試験くらい。

 実はその2つも、自分の意思とはほぼ無関係に受けました(≒ほぼ受けさせられました)。入試は人生の最低限の関門として仕方なく、公務員試験は周囲に強く勧められて仕方なくです。

 両方とも終わった時はホッとした。合格した時は嬉しかったですが、それは合格への嬉しさよりも、これでもうその試験への勉強をしなくて済むという義務的な勉強からの解放感からの嬉しさでした。

 さて、知っていること、あるいは学んだことを著作として残すという方法は、僕が18歳の時から尊敬しているある先生が僕の直接的なお手本となっています。

 その先生は90歳になった今でも、その方法で立派に成果を上げ続けられています。

 僕もそれに倣っていきます。

 人生最後の日までコツコツやります。

 そう、楽しみながら!

 

 2021214日正午過ぎ 九大進学塾、作家カフェバー